愛の盛りこぼし

優しい、暖かい氣持ちになれる事を書きたいと思っています。

ブレと揺れ

生きて行く上で

自分の中に軸を、自分軸を

持っていることはとても大切

 

自分軸がしっかり確立していないと

どうしていいか分からずに

他人の軸、他人軸で生きてしまいます

 

他人軸で生きるとは

人からの評価ばかり氣にしてしまったり

人の言動に大きく左右されてしまったり

自分の人生を他人の価値観や他人の氣分に

合わせて生きてしまっている事です

 

そうならない為にも

自分軸をしっかりと確立しておく事が大切です。

 

しかし、いくら自分軸をしっかり確立していても

自分軸を脅かされる様な出来事は必ず起こります。

人から責められたり

自分にとってショックな出来事があった時など

外からの攻撃で

自分軸が脅かされる事もあるでしょう

 

その時に自分軸が

ブレているのか

それとも

揺らされているのか

をチェックして見てください。

 

自分軸がブレてしまっているのなら要注意

ブレているっていう事は軸が動いているって事

土台がしっかりしていないからブレが生じる

 

自分軸が揺れているだけなら

外からの攻撃で揺れているけど

軸は動いていなくて、しっかりしている

土台がしっかり作り込まれているという事

 

つまり自分軸で大切なのは

土台という事です。

 

土台を作るためには何が必要なのか

 

それは

自分を愛する事

何事にも感謝を忘れない事

 

こういう想いが自分軸の

土台を作ってくれています

 

自分軸を確立するとは

エゴとかワガママになるとかいう事ではない

 

自分の事を大切にする

自分の人生をしっかり生きる事で

他人も幸せになれる様に

まずは軸を自分から作るという

優しい行為です

 

何か自分の身に起こったとしても

自分軸の土台がしっかりしていれば

簡単には動じない人になれます

 

その為にブレと揺れの事を意識しつつ

チェックをしてみるのも

良いかもしれません♪

 

最後まで読んでくださり

ありがとうございます✨

自然にかえる

都会の賑やかな雰囲気も良いですけど

人は自然に触れる時間を

定期的に持っておいた方が良いと思うのです

 

現代人で都会の方に住んでる方々だと

自分で意識していなければ

なかなか自然に触れる機会は

少ないんじゃないでしょうか?

 

自然にかえるという行為は

本当の自分を思い出せる

キッカケにもなるかもしれません

 

今の世の中は忙しいです

そんな忙しい中だと自分の事を

蔑ろにして暮らしてしまっている人達も

いらっしゃるかもしれません

 

やりたくないのに生活の為に

無理をしているとか

暮らしの中で必要以上に

自分の事を責めたりしているとか

 

氣付けばストレスの多い今の世の中で

不自然な暮らしをしてしまっているかもしれません

 

やりたくない事をやったり

自分を責めたりするのは

人間だけなんじゃないだろうか?

自然界の動物、木々達はそんな

不自然な生き方じゃなくてもっと

自然に生きてるんじゃないか?

 

と言ってもいきなり

やりたくない事は全部辞めて

自分を責める自分とサヨナラする

なんて事、口で言うのは簡単ですが

なかなか出来ません

 

じゃあとりあえず物理的に

自然にかえってみる(行ってみる)

のが良いのではないか?

 

自然に生きてるモノたちに触れて

自分も自然の生き方を思い出す

 

私も行き詰まった時は

自然を見に行ったりするのですが

なかなか効果あります

 

自然にかえって(自然を見に行って)

自然な自分にかえる(ありのままの自分になる)

みなさんも試してみてください♪

 

もし忙しくて自然になかなか行けないという方々に

私が今日行かせて頂いた自然を

お裾分けさせて頂きます♪

 

 

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緑がキレイな時期になりましたね♪

ずっとちょっと明るい

SMAPで俳優の草なぎ剛さんが

テレビで発言していた言葉の内容が

とっても良くて今でも時々思い出すんですけども

 

その内容が

自分の事を『いつも少しかっこいいと思っている』

というものでした。

この「少しかっこいい」が大切で

『あんまりかっこいいって思いすぎても、

うぬぼれみたいになっちゃうから

“いつもちょっと”っていうのが大事』

と仰っていてすごく素敵だと思いました。

 

この考え方って自分の事を肯定しつつも

心は低い位置で謙虚という

とてもバランスの良い状態だと思うんです。

 

私達の生活にもこの考え方を取り入れる事が出来ると思うんです。

 

例えば

毎日仕事や家事で忙しくって大変な人や

代わり映えのない日々で幸せを感じれない人

それぞれの置かれた状況の中で

自分が「少し幸せ」な事を見つけてみる。

どんな小さい事でも良い。

 

大きい幸せじゃなくて良い

幸せが不幸にちょっとだけ勝っていれば良い

自分の事を49%不幸だと思ってても

51%幸せならそれは幸せの勝ちです。

 

そうするとどんよりした氣持ちから少しだけ明るい氣持ちになれる。

ここでも「少しだけ」と言うのが大切

 

明るすぎると暗い出来事が起きた時に

一氣に落ちてしまう。

0か100かみたいな感じです。

ずっとちょっと明るい自分でいる事が幸せの秘訣

 

ずっとちょっと明るい自分であれば

自分の事を常に肯定しつつも

謙虚な心を持てる様になれるかもしれません。

 

ちなみに私の最近のちょっと幸せだった瞬間は

通勤途中とても良い天氣だったので車を止めて

写真を撮った瞬間です。

良い天氣を幸せだと思えた自分を

肯定してあげたいと思います。笑

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優しく命を懸ける

命を懸けるというと

自分の全てを差し出して

全てを捨ててでも全力を注ぎ込む

みたいな感覚。

 

何かに打ち込む時に命を懸けれるくらい本氣になれたら、夢中になれたらそれは幸せな時間なんだと思います。

その時間を体験してみたい。

 

でも命を懸けるってすごく鬼氣迫ってるイメージでなかなかその境地に行ける人は少ない。

 

そもそも命を懸ける『何か』がまだ見つかってないって人もたくさんいる。

 

そこで思ったのは

命を懸けるという言葉のイメージをもうちょっと軽くしてあげれば良いんじゃないか?

 

全力で全てを注ぎ込むって言うよりは

優しいオーラを纏いつつ

溢れんばかりの愛情を注ぎ込む。

また

1つ1つの所作、言動を優しく丁寧に

紡いでいく

というイメージにしていく。

これも1つの「命を懸ける形」なのではないでしょうか?

 

良い意味で命を懸ける事のハードルが下がる感じ

仕事に命を懸ける

好きな事に命を懸ける

子育てに命を懸ける

という風に胸を張って言えて

なおかつ本氣になっていける、夢中になっていける糸口になるかもしれません。

 

このイメージを現した言葉

優しく命を懸ける

がふっと頭に浮かんできたので

この記事を書いてみました。

 

イメージというのはとっても大事です

イメージが変わるだけで見え方も価値観もガラッと変わったりするものです。

 

私もイメージ改善に努めたいと思います。

素直に丁寧に

日々を重ねて行くと自分の中で

これは正解で これは不正解 の様に知らず知らず人や物事に対してジャッジを下している。

 

これが正解でこれが不正解と自分の中で決めつけてしまう。

いわゆる固定概念というものが染み込んで来てしまう。

 

自分の考えが間違っている事も、もちろんあるし何よりも

自分にとっての正解でも相手にとって不正解

自分にとっての不正解でも相手にとっての正解

なんて事もある。

 

間違っている人を見つけると正したくなる。

人は「間違い」を「正しい」に誘おうとする。

でもその時点で既にジャッジをしてしまっている。

正解と不正解に分けてしまっている。

 

ジャッジは色々な物を生み出す。

「争い」とか「競争」のきっかけになってしまう。

 

実は正解か不正解かはそれ程重要じゃない。

正解でも不正解でも良いから

ありのままを受け入れる心が重要なのだ。

 

その為には日頃の生活から素直でいる事。

日常の1つ1つの出来事に丁寧に接していく事。

そうする事で固定概念が少しずつ剥がれていき、「今」そこで起きている出来事をジャッジしたり、自分の都合の良いように変換したりせずに、そのままを受け取る事が出来てくる。

 

世の中はなかなか正しくならない。

しかし間違いを正し続けてもまた新しい間違いが出て来てしまうのなら何か根本的な所から見直さなければいけないのではないか?

 

それは

正解も不正解も一緒に楽しく共存して行く世界

なのかもしれない。

 

みんなが楽しく分かち合って和合していければホントに正しいとされる世界に変わっていくのかもしれない。

 

ならば自分がする事は

常に素直で過ごし、暮らしを丁寧にしていく事。

 

こういう生き方が大切になってくるのではないかと感じる、今日この頃です。

成長よりも成熟を

努力をして成長する事は素晴らしい事だ。ほとんどの人はこういう風に教えられて育ってきたのではないでしょうか?

成長するのはとても素晴らしい事です。私も成長していきたいと思っています。

 

しかし、「ありのままの自分」を隠す為の成長は少し氣を付けた方が良いのかもしれません。

いったいどういう事か?例えば

「ありのままの自分」に自信が持てない。だから努力して成長して自信をつけたい。とか

私には誇れるものが何もないから成長して立派になりたい。とか

一見とても良い事の様に感じますが、ありのままの、そのままの自分を見ない様に、見せない様にしているという風にも見えます。

自信の持てない「ありのままの自分」に「成長した自分」を肉付けしている様なイメージ。これだと土台の「ありのままの自分」には自信を持てていない訳なので、不意に肉付けしていた「成長した自分」の部分が剥がれてしまうとまた自信を持てなくなってしまう。

 

もしこういう経験があって成長する事に疲れたのなら成長は1回置いといて「ありのままの自分」を成熟させてみるのはどうでしょう?

「ありのままの自分」ってなかなか好きになれないし、目を逸らしたくなる存在にも思えます。

でもその「ありのままの自分」を作ったのは自分だけじゃないかもしれません。

環境のせいだったり

誰かから言われた言葉が原因だったり

大切なのはまずその事を分かっていく事。

「今の私の性格はあの時の事が原因でこうなってしまったのかも。でもそれって仕方ないよね。」という具合に心の中の絡まった感情を解いていく。

絡まったイヤホンの紐をほどいていく様な感覚です。

それを続けていくと「ありのままの自分」を少しずつ認められる様になってくる。

「ありのままの自分」「成長した自分」を肉付けしなくても「ありのままの自分」のままで良いんだと思える様になる。

これが

「ありのままの自分」の成熟なのかなと思います。

 

私の文章力のなさで何を言っているのか分からないという方が多いかもしれませんが。笑

何を言いたいのかと言うと

新しい何かを身につけようとするばかりではなく、今持っているものを磨いてみるのも良いよね。

と言う事です!

 

人は「何か」が出来るから価値があるんじゃなくて、すでに存在してるだけで大きな価値があると思うんです。だから「ありのままの自分」をもっと愛して熟成させてあげるとみんなに幸せになれる氣がするんです。

 

最後まで読んでくださりありがとうございます♪

神様を感じる環境

皆さんは神様を感じる瞬間はありますか?

なかなか意識をしないと神様を感じる瞬間というのは少ないのかもしれません。

 

神社にお参りした時

奇跡みたいな事が起きた時

など神様を感じる瞬間というのは非日常感の中で生まれるものになっているのかもしれません。

 

それは今の時代が

神様を感じにくい環境にある からです。

 

今は昔と違って色々な物が便利になっています。昔は分からなかった事も解明されてきました。

そうするとどういう事が起こるか。

感謝する心と信じる心が育ちにくくなります。

 

世の中が便利になる事で色々な事が簡単になりました。

お米を炊く事、お湯を沸かす事、移動する事。

昔は時間をかけてやっていた事も今では一瞬で出来る様になってきました。

また昔は分からなかった事が科学の力などで分かってきた事によって、逆にまだ解明されていない事、分かっていない事を信じない人が増えてきました。

 

人間の体の構造や病氣の原因などが分かってきた一方で目には見えない神様やご先祖様の働きなど説明出来ない事は信じられない様になってしまったのです。

 

便利になる事が悪い事と言っている訳ではありません。ただ便利になり過ぎる事で何事にも感謝をする心や神様を信じる心が育ちにくくなるの事実としてありそうです。

 

じゃあ、どうすれば良いのか。

便利な暮らしをやめて不自由な暮らしをすれば良いのか?

そうではなく

神様を感じにくい環境に私は今居る

という事をしっかりと理解しておく事が大切です。意識の問題ですね。

理解をしておくと感謝出来る事もあります。

そういう事を理解した上で

知り過ぎる

突き詰めすぎる

事には注意をした方が良いと思います。

何でも知り過ぎていると全て自分の力で出来てしまうと考え違いを起こすのが人間です。

 

ちょっと知らない。ちょっと不自由くらいの方が感謝しやすい環境なのかもしれません。

 

日頃から感謝を出来る様になると神様を感じる環境も整ってくると思います。

神様を感じられる日常とはとても幸せなものです。あなたをいつも見守ってくれている存在を認識出来るのですから。

 

神様を感じるという事を

少し意識する所から始めてみてはどうでしょう?

 

最後に以前出かけた時に撮った風景を載せてみます。

この道を登っていけば神様にも会えそうな氣がしませんか?

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青空はとっても落ち着きますね。
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最後まで読んでくださりありがとうございました♪